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大学生活と写真
2011.01.31 Monday 19:00
こんばんは。月曜日担当の宇野です。
さてこの度は「5限後の音楽」に参加させて頂く運びになり、大変光栄に思っております。
写真が私の担当でありますので、今回のブログは自己紹介と私の写真に対する考え方について書いてみようと思います。どうぞお付き合いください。
私が武蔵大学に入学したのは2008年春のことでした。
武蔵大学入学を決めたのに理由はとくにありません。ただ第一志望に落ちて、受かったのが武蔵大学だったというだけのことです。
大学は練馬区の少し外れた江古田にあり、住宅街と大学と居酒屋が喧嘩するでもなく、隙間なく堂々と腰を下ろしている場所です。
私が受験のため、最初にこの街を訪れたときの印象はあまりよくありませんでした。
受験は2月ですから、そのせいも相まってか非常に殺風景だったのを今でも覚えています。こんな場所でなく、もっと華々しく、青春を送るに値する街の大学に進学しよう、もっと勉強しよう、と誓ったものでした。
でも振り返ると、私の通学路に青春に値する街はどこにもなかったことに今更気づくのです。
小学校はベッドタウンの800m一本道でしたし、中学校は玉川上水沿いの日中でも薄暗く、季節問わず虫やら蛇やらが繁殖する妙な匂いが混ざった場所でした。
それこそ高校なんてものは阿佐ヶ谷と高円寺の高架下を歩くのですが、申し訳程度に造られた繁華街はすべてシャッターが降り、商店街はいつ栄えたのかわからない程、閑散としたところです。
高校受験も失敗していますので、当時もまた「こんな薄暗い高校には来ない」と脆い決心を立てていたのでしょう。
つまるところ通う学校は逆パワースポットを巡ってきたようなものでした。
そんなことを言いながらも、春で江古田通いも4年目になります。
住めば都とはよく言ったもので、不自由なことは何もありません。安い居酒屋は溢れ、女子向け喫茶店や雑貨屋も並びます。そこに飽きればビリヤードだったり、雀荘もあり、ジャズ喫茶もひっそりとたたずんているのです。学生が暇をつぶすのには充分でした。
今では終電を気にしながら、時には江古田に住む友人の家に転がり込んで学生生活を過ごしています。
お金はちょっとでいいのです。最近は100円のレバ刺しと200円のグレープフルーツハイで3時間はいけます。もう少し小金を財布に忍ばせていたときは調子に乗ってビールとサワーの合わせ技を繰り出し、犬が小便を電柱にかけ歩くように、吐しゃ物を電柱にまき散らして歩くのです。
学生としてどうなのかは甚だ疑問が残りますが、数年後それは素敵な思い出になるのでしょう。小中高のそれと同じように。
先日、時間ができたので久しぶりに江古田を撮影して散策してみました。
現像したフィルムを透かして見ると、こんなにつまらない街だったかと首をかしげてしまうのですが、まあこんなものでしょう。
食べるに困らず、遊ぶに困らない、先輩や同級生を無理やり付き合ってもらう口実がそこら中に落ちています。
住めば都ならぬ、通えば都の江古田をあと1年どう過ごそうか。
そう考えながらも、どうせまた同じ1年を過ごすのでしょう。
自己紹介するつもりが江古田紹介になってしまいました…
あとでもう一本書こうと思うので、そこでまたよろしくお願いします。
来週のほうがいいのかな?
月曜日 宇野(武蔵大学写真部)
さてこの度は「5限後の音楽」に参加させて頂く運びになり、大変光栄に思っております。
写真が私の担当でありますので、今回のブログは自己紹介と私の写真に対する考え方について書いてみようと思います。どうぞお付き合いください。
私が武蔵大学に入学したのは2008年春のことでした。
武蔵大学入学を決めたのに理由はとくにありません。ただ第一志望に落ちて、受かったのが武蔵大学だったというだけのことです。
大学は練馬区の少し外れた江古田にあり、住宅街と大学と居酒屋が喧嘩するでもなく、隙間なく堂々と腰を下ろしている場所です。
私が受験のため、最初にこの街を訪れたときの印象はあまりよくありませんでした。
受験は2月ですから、そのせいも相まってか非常に殺風景だったのを今でも覚えています。こんな場所でなく、もっと華々しく、青春を送るに値する街の大学に進学しよう、もっと勉強しよう、と誓ったものでした。
でも振り返ると、私の通学路に青春に値する街はどこにもなかったことに今更気づくのです。
小学校はベッドタウンの800m一本道でしたし、中学校は玉川上水沿いの日中でも薄暗く、季節問わず虫やら蛇やらが繁殖する妙な匂いが混ざった場所でした。
それこそ高校なんてものは阿佐ヶ谷と高円寺の高架下を歩くのですが、申し訳程度に造られた繁華街はすべてシャッターが降り、商店街はいつ栄えたのかわからない程、閑散としたところです。
高校受験も失敗していますので、当時もまた「こんな薄暗い高校には来ない」と脆い決心を立てていたのでしょう。
つまるところ通う学校は逆パワースポットを巡ってきたようなものでした。
そんなことを言いながらも、春で江古田通いも4年目になります。
住めば都とはよく言ったもので、不自由なことは何もありません。安い居酒屋は溢れ、女子向け喫茶店や雑貨屋も並びます。そこに飽きればビリヤードだったり、雀荘もあり、ジャズ喫茶もひっそりとたたずんているのです。学生が暇をつぶすのには充分でした。
今では終電を気にしながら、時には江古田に住む友人の家に転がり込んで学生生活を過ごしています。
お金はちょっとでいいのです。最近は100円のレバ刺しと200円のグレープフルーツハイで3時間はいけます。もう少し小金を財布に忍ばせていたときは調子に乗ってビールとサワーの合わせ技を繰り出し、犬が小便を電柱にかけ歩くように、吐しゃ物を電柱にまき散らして歩くのです。
学生としてどうなのかは甚だ疑問が残りますが、数年後それは素敵な思い出になるのでしょう。小中高のそれと同じように。
先日、時間ができたので久しぶりに江古田を撮影して散策してみました。
現像したフィルムを透かして見ると、こんなにつまらない街だったかと首をかしげてしまうのですが、まあこんなものでしょう。
食べるに困らず、遊ぶに困らない、先輩や同級生を無理やり付き合ってもらう口実がそこら中に落ちています。
住めば都ならぬ、通えば都の江古田をあと1年どう過ごそうか。
そう考えながらも、どうせまた同じ1年を過ごすのでしょう。
自己紹介するつもりが江古田紹介になってしまいました…
あとでもう一本書こうと思うので、そこでまたよろしくお願いします。
来週のほうがいいのかな?
月曜日 宇野(武蔵大学写真部)
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